その他

すべては私が原因だった、決め付けをクリーニング

2020年1月30日

過日、鬱で入院中の主人を見舞った。自分で着替えられないと言う主人。極力自分で手足を動かすようにしないとね、と話した。

 数日後の診察日に同伴した際、主治医からパーキンソン病を併発していると言われ、それで薬も飲み込めないのだと話されてビックリ。そのため着替えもできなかったのかと、その現状を知り、改めて無理難題なことを言った自分を深く内省した。

 それから1週間後のことだった。 
フト気付くものがあった。パーキンソン病も鬱もすべては私自身が原因だったのでは?という気づきである。

 常にチョッコチョッコと歩く主人に、歩幅をもう少し大きく開いて歩くようにしたらいいよ。筋肉を使わないと歩けなくなるから、と話をしていたことだった。

 主人を心配してアドバイスをしたつもりだったが、よくよく内省してみればなんのことはない。自分に降りかかってくるかもしれない介護と世話、その不安を案じてのことに過ぎなかったと確認したのだ。
 相手を愛で見ることも光で見ることもせず、ただ自分をかばうあまりのエゴの中の私自身に留まっていたに過ぎなかったのだ。
 エゴには批判と分離だけで愛も自由もない。「無」になることなどとても縁遠い話。

 「動かなくなる」と決め付けて心配していた私。まさに思考は現実化するということを目の当たりにして驚くだけだった。その心配したごとくに信じた通り、思った通りのことがパーキンソン病として私の目の前に現れたまでのことだ。

 問題は、その決め付けをクリーニングしなければならなかったのに。神さまの創造物はすべて完璧なもの。それに対して何か問題を感じたり、見つけたりした時は、自分の不完全さを見ているのだというポノ。神聖なる神さまの計画を遮ったり、割り入って邪魔をしたり、コントロールしないことだというポノの深いメソッドを噛み締めてみた。

 また人は自分の鏡、自分の投影だから他人へのアドバイスなどは、自分に向けてやるべきだということも確認する思いであった。

 その一週間後の見舞いの時、なんと驚くことに自分で着替えている主人の姿があった。

 まさに私が原因。良きにせよ悪しきにせよ私が原因であり、同時に創造主であることを実感とする思いだった。本当に貴重な尊い体験だった。

 9年間も鬱を体験をしてきたのだからもう充分だよ、もういいよ。卒業しよう、と自分自身に話しかけた。そして、これからは平和や幸せを体験するということにおいて自分自身で責任を取るということ、そして神聖なる存在に喜びと幸せを帰していきたいものである。

 まさに「平和は私から」。私がゼロになっていくための試練と訓練、実に貴重な体験であった。いつも主人を通して教えられる私である。

 クリーニングがなんなのか、やっとわかりかけて来たようにも思える。すべてが感謝でならなかった。ニュートラルで自由でありたい。消去することのできるポノとの出会い、感謝でならない。

 ありがとう! ごめんなさい。愛しています。

杉山貞子(70代女性)

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