その他

耐えがたい苦痛の中で夫とともにクリーニング、あと2日で死ぬはずの病から生還

2019年6月21日

【死の宣告から半年での生還」

「成人T細胞白血病リンパ腫です。現代医学ではなお使用がない病気です」

 そう医師から宣告されたとき、私は自分の耳を疑いました。
 すぐにセカンドオピニオンでほかの病院に行きましたが、そこでも診断は同じ。発症すると平均生存期間は1年未満と言われました。
 絶望、悔しさ、恐怖。その気持ちは言い表せません。唯一の救いは、診断してくれた医師の「骨髄移植をすれば助かります。一緒に奇跡を起こしましょう」の言葉でした。しかし病状はは悪化。入院までの自宅待機の間に、胸にあるリンパ筋腫が肥大し、ガンが肺を圧迫し、息もできず、水も飲めない状態に陥り、私は緊急入院したのです。
 そのときの診断は、「2日後には、腫瘍が肺と気管を圧迫して死ぬでしょう」というものでした。
 あと2日の命と言われた私のまくら元で、夫は「ホ・オポノポノ」の本を、ひたすら読んでくれました。体調が悪くなりだしたころ、知人がたまたま勧めてくれた本でした。

 夫は「なにもしてやれないが、いてもたってもいられない」という思いだったのでしょう。
 耐えがたい苦痛の中、私は「アイスブルー、アイスブルー」(※)と心の中でつぶやき続けました。

 すると、医師の予想に反し、私は2日を生き延び、抗ガン剤治療を受けれることに。そして奇跡は起こり、1回目の抗ガン剤投与で、私のガンは小さくなったのです。1カ月ほどで胃壁はピンクのきれいな状態に戻り、医師たちは驚愕するばかりでした。
 抗ガン剤が劇的な効果を上げたため、3カ月後には骨髄移植を受けられることに。苦しい治療、危機的な状況が続きましたが、そのすべてを乗り越え、私は生還することができたのです。死の宣告から、8カ月後のことでした。

ホ・オポノポノしかできることがなかったこの間、私と夫はホ・オポノポノをし続けました。ただ、病気が治るのを期待していたわけではありません。死にかけていた私と、それを見ているしかない夫にとってホ・オポノポノしかできることがなかった。だから徹底したのです。ホ・オポノポノは、決して病気を治す方法ではありません。ただ、もしホ・オポノポノをしていなっかたら、これほど治療がスムーズに進むことはなかったと思います。現在体調はすっかり元どおりです。
 
最後に、私たちが実践したクリーニングツールの1つ、「ブルーソーラーウォーター」をご紹介します。病気で苦しんでいるかた、看護されているかたの参考になれば、これほど幸せなことはありません。

50代 女性

リストへ戻る

You Might Also Like

その他

母とのトルコ旅行

父を亡くして一年半後、母とふたりでトルコに行ってきました。 日本各地から29名が参加する10日間のツアーでした。 出発前は乗り継ぎもあるトータル15時間以上のフライトに70代の母が疲れてしまわないかと心配でした。 そんなフライトの心配や、前日に通過した大型の台風のこともその都度クリーニングしました。
....続きを読む

2018年10月10日
その他

父と弟と平和のひかり

体験談を採用して頂き感謝しております。日々の励みになっています。また、読まれる方に何かお役にたてれば、と思っていましたが、2018年12月14日に投稿しておりました「父と弟と平和のひかり」につきまして、当時の認識不足の箇所を訂正させてもらってもよろしいでしょうか。
....続きを読む

2019年7月26日
その他

母との関係

母との関係のクリーニングは私にとって、とても難儀な課題でした。 私にとって母は自分勝手でわがまま、気分屋で嘘つき、何かあるたびに八つ当たりされ、濡れ衣をきせられ、振り回される、親子の縁を切りたいと思う存在でした。
....続きを読む

2019年2月11日